大阪高等裁判所 昭和53年(ネ)1920号 判決 1980年1月30日
控訴人 栗山一成
右訴訟代理人弁護士 三瀬顕
同 下村末治
同 野間督司
同 近藤正昭
被控訴人 大阪府
右代表者知事 岸昌
右訴訟代理人弁護士 道工隆三
同 井上隆晴
同 柳谷晏秀
同 中本勝
右指定代理人 岡本富美男
<ほか三名>
主文
原判決を次のとおり変更する。
被控訴人は控訴人に対し、金一四六六万二四六〇円およびこれに対する昭和四五年一一月一三日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じてこれを五分し、その三を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。
この判決は控訴人勝訴部分中金一〇〇〇万円に限り、仮に執行することができる。
事実
控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金三三七七万五一六六円およびこれに対する昭和四五年一一月一三日から右完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張および証拠の関係、《省略》
理由
一 控訴人が昭和四五年一一月一二日午後一一時五分ごろ、綾部鉄治を淡路警察署に連れて行き、当直の警察官に引き渡したところ、同署警察官が同月一三日午前零時ごろ綾部の携帯していたジャックナイフにつき領置、一時保管の措置をとることなく、これを携帯したまま綾部に帰宅を許したこと、同日午前一時一〇分ごろ綾部が「スタンド淡路はんきゅう」において、右ナイフで控訴人の左眼と左胸部を刺すなどして同人に左前胸部刺創、皮下気腫、左眼瞼、鼻部切創、左眼角膜、強膜及び虹彩網膜刺傷、硝子体脱出等の傷害を与えたことは、当事者間に争いがない。
二 綾部鉄治の身上、経歴、前科(二三犯、うち懲役刑一六犯、傷害、暴行、脅迫、強姦未遂など粗暴犯一九犯)、同人を控訴人が淡路警察署に連行するに至った経緯、同署警察官の綾部に対する事情聴取の状況等の事実関係および「スナックニュー阪急」などでの綾部の行為が脅迫罪および銃砲刀剣類所持等取締法二二条、三二条二号の罪に該当し、同人の周囲の事情から合理的に判断して再度他人の生命又は身体に危害を及ぼすおそれが認められるので、同法二四条の二第二項により、控訴人及び滝が綾部から取上げ同人らから引継をうけた前記ナイフにつきせめて一時保管の措置をとるべきにもかかわらずこれをすることなく、これを携帯したまま綾部に帰ることを許した淡路警察署警察官の行為が違法であるとの当裁判所の判断は原判決六枚目裏九行目から同一四枚目表一二行目までの説示と同一であるから、これをここに引用する(ただし、原判決七枚目裏八行目と同八枚目の「バー舞子」を「スナック舞子」と、同八枚目裏一行目の「滝は」から同二行目の「連れて行き、」までを「滝から事情を聞いた経営者の栗山マイは同人経営の「スナックニュー阪急」に連れて行き、」と、同八行目の「バー舞子」を「スナック舞子」と、同九枚目表三行目の「スタンド淡路はんきゅう」を「スナックニュー阪急」と各改め、同行の「告げ」の次に「、途中、綾部から取り上げた右ナイフを右警察官に渡し」を加え、同九枚目裏一〇行目の「スタンド淡路はんきゅう」を「スナックニュー阪急」と改め、同一四枚目表九行目の「淡路警察署」の上に「たとえ綾部が果物を食することなどのために必要なものであったとしても」を加える。)。
三 そこで、前記淡路警察署警察官の違法行為と控訴人の受傷との因果関係の有無について判断するに、《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。すなわち、
綾部は前記のように帰宅を許され、酔いがさめないまま淡路警察署を出たが、附近の地理に明るくないので、とりあえず淡路駅まで行けば帰路がわかると考え、同駅に向って歩いていたが、警察署に連れていかれたことで気がむしゃくしゃしていたので、さらに酒を飲みたくなり、淡路駅に通じる商店街の通りから約六〇メートル入ったところにある栗山マイ経営の「スタンド淡路はんきゅう」に入り、ビールを注文して飲み始めた。同店は、綾部が淡路警察署に連れていかれる前に入った「スナック舞子」および「スナックニュー阪急」の間にあって右両店に隣接し、控訴人がマスターとして働いていたが、綾部は控訴人や店員の佐々木カノと話しをしているうち、初めて、控訴人が先程自分を警察署に連行した者であることがわかり、控訴人や佐々木カノに対し、警察署に連れて行かれたことについてくどくどと不平を云った。そこで、これを聞いた控訴人の兄で平素は店の二階に控訴人の世帯員のように生活し、ときどき店の手伝いをしていた後藤丹後之介が憤慨し、綾部を外に連れ出し、ほか二、三名の者とともに同人に対し殴打、足蹴にするなどの暴行を加えて同人に傷害を与え、顔面から出血させた。その後零時四〇分ごろ綾部は出血したまま再び「スタンド淡路はんきゅう」に戻り、ビールを飲み、「俺は今日誰か刺したる」などとつぶやき、本件ナイフを腹巻きの中から取り出して、ちらつかせるなどしていたところ、同日午前一時ごろ控訴人から後藤丹後之介らが暴行を加えたことを詫びることもなく閉店するので出ていってくれと云われ、席を立ったが、店頭の暖簾をはずしていた控訴人に対し、いきなり本件ナイフで、その左胸部を刺し、さらに顔面を切りつけ、前記傷害を与えた。なお綾部はその直後、本件ナイフを取り上げられ、控訴人に右ナイフで左臀部、左大腿部を刺され、後藤丹後之介に頭部、脊部などを足蹴にされて治療一〇日間以上を要する刺切創の傷害を受けた。以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》
右認定事実によれば、綾部が、控訴人がマスターをしている「スタンド淡路はんきゅう」に行ったのは偶然のことであり、控訴人に警察署に連れて行かれたことに対する報復のためであるとはいえないけれども、酔いがさめないまま警察署を出た綾部が、控訴人に警察署に連れていかれたことによる腹だたしさから控訴人らにくどくどと不平を云ったため、居合わせた控訴人の兄で控訴人と一緒に生活している後藤丹後之介の怒りをかい、同人らから暴行を受ける羽目となり、これにより一層、腹だたしさを募らせ、さらに酒の勢いも手伝って、所持していた本件ナイフで控訴人を傷つけるに至ったものであることが認められ、淡路警察署警察官において右ナイフにつき一時保管の措置をとっていれば右の傷害は生じなかったことが明らかである。そして、前記二の項で引用した原判決説示の認定事実によると、綾部が控訴人らによって淡路警察署に連行されたのは、同人が酒に酔って本件ナイフをちらつかせ、「馬鹿野郎」とか「刺されたいか」などと云ったりして、不穏な言動を示したためで、同人が警察署を出るときもまだかなり酩酊していたのであり、淡路警察署は「ニュースナック阪急」から約一五〇メートル位のところにあり、《証拠省略》によれば同店附近は十数軒の飲み屋が立ち並んでいることが認められるところ、このように酒に酔ってナイフをちらつかせたりなどしたとして警察署に連れてこられた綾部を酔いのさめないまま、ナイフを携帯させて帰すとすれば、場所柄、途中で他人と何らかの悶着を惹起し、所携のナイフで他人に危害を加えるに至ることは十分予見し得たものといわなければならない。したがって、前記淡路警察署警察官の違法行為と控訴人の受傷との間には相当因果関係があると認めるべきである。なお、この点について被控訴人は、控訴人の受傷はもっぱら後藤丹後之介らの綾部に対する暴行に起因するものであって、淡路警察署警察官のとった措置と右受傷との間には因果関係はないと主張するところ、後藤丹後之介らの綾部に対する前記暴行が綾部を刺激して控訴人に深手の傷害を負わせるにいたったことは否定できないところであるが、綾部の控訴人に対する行為は綾部に対する後藤丹後之介らの暴行から二〇分以上も後になされたものであるから、後藤丹後之介らの暴行が、綾部が控訴人を傷つけるに至った決定的な原因であったとは認め難く、前記因果関係を遮断するものとはいえない。よって、被控訴人の右主張は採用することができない。
四 以上第二、第三項で認定したところによれば、淡路警察署警察官の前記行為が公務員の公権力の行使たる行為にあたることは明らかであり、右公権力の行使につき、右警察官に過失があったというべきであるから、被控訴人は国家賠償法一条一項により、本件受傷による控訴人の損害を賠償しなければならない。
五 過失相殺
前第三項の認定事実によれば、控訴人の受傷は控訴人の兄の後藤丹後之介が綾部に暴行を加えたことにも一因があり、これにつき同人に過失があるというべきところ、《証拠省略》によれば、控訴人の右受傷当時、後藤丹後之介は母栗山マイの経営する店で同人および控訴人と起居をともにしていたが、長年病気がちのため、ときどき店の手伝いをするほかは仕事をせず、控訴人や母栗山マイの働きによって生活していたことが認められるから、後藤丹後之介は控訴人と身分上および生活関係上一体をなしている関係にあるものというべく、したがって、同人の前記過失を被害者である控訴人側の過失として斟酌し、後記(二)の損害につき相応の減額をするのが相当である。そして、その割合は、前掲認定の後藤丹後之介の行為の態様に徴し四割をもって相当と考える。
六 よって進んで損害について判断する。
(一) 受傷後の経過と後遺障害
《証拠省略》によれば、控訴人は本件受傷により左眼は失明し、右眼も視力が〇・〇五に低下(労働基準法施行規則別表第二身体障害等級三級に該当)したほか、右受傷直後から長期間肋間神経痛、肺機能障害(呼吸障害)に悩まされ、後に右症状は軽減したものの、なお呼吸機能障害が残っていること、また、控訴人は、受傷後三ヶ月位から偏頭痛と幻覚を伴うてんかんの発作が現れ、昭和四六年三月八日頭部外傷(脳内出血の疑い)、同四七年二月一〇日精神運動発作と各診断され、さらに、同五一年四月五日左半身不随となり、同日脳血栓症と診断されたこと、右の精神運動発作および脳血栓症の原因は本件受傷の際に受けた頭部外傷による脳内出血であると考えられること、右発作は一ヶ月に一回位の割合で生じ、その都度入院を繰り返しているため、控訴人は精神的ストレス等も重なってほとんど仕事ができず、脳血栓症となった昭和五一年四月ごろからは一時廃人に近い状態となり、回復が期待困難な状態となっていたが、その後若干好転していることが認められる。
(二) 逸失利益 金一九二七万〇七六八円
《証拠省略》によれば、控訴人は昭和一二年一月一九日生(受傷当時三三才)の男子で、受傷前母栗山マイの経営する「スタンド淡路はんきゅう」等三店の事実上の責任者として働いていたことが認られるところ、昭和四五年賃金センサス第一表による企業規模計、産業計、学歴計、三〇ないし三四才の男子の平均給与額は年間一一一万八三〇〇円であるから、控訴人は、本件受傷がなければ受傷後六七才に達するまで三四年間右金額を下らない収入を得ることができたものと推認される。そして、前記のような受傷後の経過および後記障害の程度等に徴すれば、控訴人は本件受傷により、受傷後一〇年間は一〇割の、その後は八割の労働能力を失ったものと認めるのが相当であるから、右割合の右得べかりし収入を失ったことになる。そこで、これからホフマン方式により年五分の中間利息を控除して右受傷時の現価を求めればその額は金一九二七万〇七六八円となる。
(三) 慰藉料 金二〇〇万円
本件受傷に至るまでの経緯、受傷および後遺障害の程度、その他本件審理に顕われた一切の事情を考慮して、本件受傷による精神的苦痛に対する慰藉料は金二〇〇万円をもって相当と認める。
(四) 弁護士費用 金一一〇万円
控訴人が本件訴訟の提起を弁護士である控訴代理人に委任したことは本件記録により明らかであり、弁論の全趣旨によれば控訴人は控訴代理人に対し、着手金および報酬として勝訴額の一〇パーセントを支払う旨約したことが認められるところ、後記認定の損害額および本件訴訟の審理経過に徴すれば被控訴人において賠償すべき弁護士費用の額は金一一〇万円と認めるのが相当である。
七 以上の次第で、控訴人の本訴請求は、被控訴人に対し、前項(二)の損害からその四割を控除した金一一五六万二四六〇円と(三)、(四)の損害の合計金一四六六万二四六〇円およびこれに対する本件受傷の日である昭和四五年一一月一三日から支払いずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきである。
よって、これと趣旨を異にする原判決は一部失当であって本件控訴はその限度で理由があるから、右趣旨に従って原判決を変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条・八九条・九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 本井巽 裁判官 坂上弘 野村利夫)